日本の離島、その歴史を探る

5番目に作られた、壱岐島

5番目に作られた、壱岐島

隠岐同様、諸島として構成されている

国産み神話によって生み出された島、現在ではその大半が離島として扱われており、残念ながら人が住んでいながらも過疎化が進行しているという、非常に深刻な問題を抱えている。しょうがないという一言では片付けられない点も含まれているため、今後はそういった面でも課題は必要だと思われる。ただここではそんな小難しい話をするところでは無いため、そちらに関しては専門家に任せたいところだ。

さて、国産み神話にて誕生した淡路島・隠岐島と続いて紹介するのは、第八島の中で5番目に誕生した『壱岐島』を取り上げてみよう。まずは簡単に島の概要から説明すると、島そのものは南北に17km、東西に14kmの島となっている。全体の面積としては138.8kmとなっており、隠岐島よりも狭いことだけは間違いない。壱岐島があるのは九州は佐賀県北東部、その近海に存在している。周知として知られている壱岐島とは有人、人がきちんとした文化的生産活動を営める環境が形成されている島のことを指していると官公庁の定義で決められているという、少し面白い状況になっている。何故面白いというのか、それはこの壱岐島にも有人・無人関係なく周囲に存在している島を含めると全部で23もの属島が存在しており、これらをまとめて『壱岐諸島』と呼べるのだが、これらは定義から外れるからだ。

おそらく何かしらの理由が存在していると考えられるが、それも気になるが一旦置いておくとして、簡単にこの島の歴史から紐解いていくとしよう。先ほどの隠岐島は少々俗物的な話が中心となったが、この壱岐島には日本神話、というだけに留まらない伝説も存在しているので順々に紹介していこう。

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壱岐島にこめられた神格

壱岐島と名づけられた実質5人目のイザナギ・イザナミ夫妻の子供として誕生した壱岐島だが、数に関係なく『壱岐』という名称には何かしら理由が隠されているのではと思いをめぐらせて見ると、この島にもたれていた観念として特別性を感じたのはその『別名』だ。壱岐島の別称とは『天一つ柱』と呼ばれており、これが意味するところは『天に接する一本の柱』と解しており、天地を繋ぐ世界の中心と考えられているという。

実に神話的な話になってきたが、場所のことを考えるとその世界の中心点といわれる由縁が理解できる。それは天照大御神の孫であり、やがて天皇族の血族としてその流れを汲むこととになったきっかけを作り出した『ニニギノミコト』が降り立つ『天孫降臨』もやや場所的に離れているが、それに近い関係性を感じさせるものとなっている。つまりだ、その一本柱とは天と地を結ぶ道であり、そしてニニギノミコトはこの柱によって結ばれている回廊を利用することで日本は本州、その地へと降り立ったと言うことなのかもしれない。

忘れられがちな三貴神の一角

天照大御神、そしてスサノオという兄弟を持ちながら一般の一目に見られる事無く、またひっそりと存在感をかもし出しているマイナーな神がいることをご存知だろうか、日本神話でも軽く紹介されている『月読尊』という神がいる。姉は高天原を守護し、スサノオは紆余曲折あったがその後荒れ狂う大会を統べる勇者として崇められるようになる。そしてその二番目の月読尊は夜の世界を統べる存在として考えられているため、神話の中ではあまり登場しないという特徴もある。

そんな月読尊だが、この壱岐島を長らく管理してきた壱岐氏はその月読尊を信奉しており、そして海上の神として崇められていくこととなった。その後も壱岐島にて月読尊に憑依されたという人が出てきたりと、壱岐では海上を統べるものとして月読尊というイメージを強く持つようになっていく。その後天皇に奏上することによって、『月読神社』を創建させることとなり、現在の日本で確認されている月読神社の原点はこの壱岐島にあるものが『元宮』とされるのだった。

個人的には月読尊は夜を統べるもの、ギリシャ神話における『ニュクス』と同じ存在だと感じていたのだが、歴史からしたら月読尊は豊かさを司る神として表現されていたと言うのだから、物は取りようといったものだ。

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壱岐の八本柱

日本神話の国産みで語られている第八島は島であるが、神話上においてそれはあくまで物質的な島ではなく、イザナギとイザナミという2人の神が行為によってなした子供でもある。そのため、どうしても流動的となってしまい、あちこちへと流れ着いてしまうという恐れがあった。その対策として利用されたと考えられているのが、『壱岐の八本柱』となっており、これは壱岐に住まう人々が作り出した神話ないし民話として語られている。

壱岐の八本柱とは何か、それは壱岐を取材した国文学者曰く、

この島国は、生き島 である。生きてあちらこちらに動いた島であった。その故に、島の名も『イキ』と言いはじめたのである。神様が、此島国を生まれたとき、流れてしまわぬように工夫をなされた。八本の柱を建てて綱で結んで置いたのである。その柱は折れ残って、今も岩となっている。 折れ柱 (オレバシラ) と言うのがそれである。

と分析している。これはこれでとても興味深いところだ、何より島としてではなく、あくまで生物として存在していることを定義とした考え方に基づいて話を進めるなら、それも分かるところだ。また実際の壱岐島にはその折れた柱が各岬などで見かけられているので、その証拠として語られている。これが真実か否かは定かでは無いにしても面白い話である事は間違いないが、もしもこれが正しいとするなら子供を押さえつけるために柱を立てて押さえつけていたことになる。それはそれである意味ショッキングな映像を連想することが出来るが、神話とは時に無残にも残酷な様子をかもし出しているため、あながち間違っていないかもしれない。

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