日本の離島、その歴史を探る

オノゴロ島とは

オノゴロ島とは

オノゴロ島は実在するかどうか

国産み神話における話を題材にして考えて見ると、とても気になる点が出てくることが分かる。それはイザナギとイザナミの二神が第八島を始めとした島国を作り出すための場所として作り出した、オノゴロ島の存在だ。現在の日本で『オノゴロ島』と呼ばれている島は存在しておらず、またかつて存在していたということも確認されていない。そのため何処かの島がモデルとなっただろうと言われているが、中には頑なにオノゴロ島は存在していたと主張する学者もいる。正しいかどうかについてはこの際定かでは無いため良いとして、もし本当にあったならどんな島だったのか気になるところだ。

ではこの島は実在している、もしくはしていたのかについてはいまだ争点となっている点でもある。もし存在していたというのであればどのあたりなのかについては、現在の和歌山県にある『友ヶ島』などと、神話上に残された記述とよく似ていることから、この辺りに存在していたのではと考えられている。オノゴロ島が作られたとき、まだ本州は出来上がっていなかったため、そういう意味では納得できるベースでもある。

また『新撰亀相記』・『釈日本紀』においてオノゴロ島は淡路島近海に存在している『沼島』が有力だろうと言われている。この説が出て以降、友ヶ島に存在していたのではと考えられていた説は影を潜めることとなり、近世以降では沼島が最もオノゴロ島に近い特徴を持っていると考えられている。この説に関しては後付するように、明治時代において地名辞典として発行された『大日本知名辞書』にて、オノゴロ島とは淡路島近海に存在している沼島がその例に当てはまると、断言する勢いで有力と考えられている。

ただ古事記や日本書紀の内容を考えてみると、淡路島からさほどから遠くない場所に存在していたと考えるのが定石だ、友ヶ島がある和歌山県から物理的な距離の関係上、どうしても当てはめるのが難しいと考えられるため、説としては沼島が一番近いものだという意味でも立証している。

ちなみに便宜上カタカナを使用しているが、漢字で表すと『淤能碁呂島』となる。

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オノゴロ島に由来する伝承

日本神話を追いかけていくと、その姿を追いかけたくなるのは性というものか。そして実際存在している島国などに訪れてみると、様々な考えを巡らせるのは至極当然といえる。筆者もオノゴロ島とは言わないが、事前に情報を取得して観光名所に訪れたときには思わず神話や歴史の影を追いたくなってしまう。最近では京都に訪れて伏見稲荷神社に来たときには、日本の歴史において狐という存在がいかに神の御使いとして崇められているのか、そして何かと物語の舞台として描かれることもある稲荷神社の総本山に行った時は終始スマホ片手にあちこち撮影していたものだ。

出来るならオノゴロ島と称される沼島などにも訪れてみたいので、今後機会を作って訪れてみたいと思う。そんなオノゴロ島に関することだが、この島も伝承として様々な伝説や伝承、また知れ渡っている事実などが確認されていることをご存知か。オノゴロ島のモデルとして描かれたと考えられている沼島についてもそうだが、近隣にはオノゴロ島に関係している伝承やらが沢山残されているので、ここでは一部ではあるが紹介していこうと思う。

ただ神話のモデルだっただけでは無い

まず最初に、沼島についてだ。先にも紹介したように沼島はオノゴロ島のモデルとして描かれていることでも有名だが、それ以上に有名なのがこの島が上空から見た際の島の形、そして採掘された岩石が鉱石学と言う観点からでも非常に貴重な岩石が発見された点でも、その手の業界で話題を呼んだ島でもある。

前者の島の形についてだが、上空から島の全形を確認できるだけの高度まで上がってみると、まるで『勾玉』のような神秘的な形をしているというのだ。自然に出来たとはいえ、これほど見事なまでに装飾としても、また神事において用いられる道具としても馴染みのある勾玉を連想させるような島の形だからこそ、というのもあるかもしれない。

後者の鉱石学としてだが、この沼島では1994年に発見された岩石がおよそ地球が誕生してから1億年前に形成された『鞘型褶曲』という、珍しい岩石が発見される。別名『地球のしわ』とも言われているこの岩石によって、別の意味でも注目を集めることとなり、同時にオノゴロ島という存在も強調された。

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オノゴロ島に由来する神社

オノゴロ島はイザナギとイザナミを象徴する島国である事は言うまでもないが、そのオノゴロ島にあやかった名前をしている神社が淡路島内、そして沼島内にて二軒存在している。一件目は沼島にある『自凝神社』というところで、沼島内にある少し小高い丘の上に存在している神社だ。山の頂上付近に存在していることもあって、山全体そのものが神体山として地元から崇拝の対象となっている。次に淡路島内にある『自凝島神社』というところがあり、こちらは高さ21mにも及ぶ朱色の大鳥居がシンボルとなっている。

どちらも祭神にイザナギとイザナミを祀っているが、正直名称が逆の方がいいのではと感じられる。それともむしろ、沼島に存在しているからこそあえて名称から『島』を抜いた方が良いと考えられたのかも知れない一方で、淡路島内に存在している自凝島神社に関しては、周囲が陸地となっているのに『島』が付いている。同じ名称にしても、島を付けるだけで大分印象が異なっているように感じられるが、その訳を紐解くためにも現地を訪れて見るのもいいかもしれない。

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